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愛しの座敷わらし

新聞の書評で目にして気になった荻原浩の『愛しの座敷わらし』。とても温かくて幸せな気分になる小説だった。このところ、どちらかといえばネガティブなほうに感情が動く本を読む機会が多かったので、なおさら温かさが身に沁みた。

簡単に言えば、いろいろとぎくしゃくしている一家が父親の転勤で築103年の古家に引っ越したのだが、どうやらその家には座敷わらしが住んでいるようで……という感じの話。

この話に出てくる一家は、父、母、長女、長男、祖母の5人暮らしで、それぞれがそれぞれの悩みを抱えている。まあ悩みといっても、人類が滅びるとか無実の罪で投獄されるとかに比べたらほんとうに取るに足らない小さなものだけど、でも結局のところ、毎日の暮らしのなかでいちばん大きな位置を占めるのは、こういうささいな悩みなんだよな、としみじみ思った。

しかし、この小説のいちばんの主役は、なんといっても座敷わらしだ。もう頭から食べたくなるほどかわいい。けん玉に夢中になっているところなんか、「どうか拙宅にお住まいください!」と懇願したくなるほどのかわいさ。でも、座敷わらしが生まれた悲しい背景を知ってしまったあとでは、そのかわいさや無邪気さがいっそう悲しさを浮き立たせているようで、かわいければかわいいほど胸が痛んだ。

高橋一家が東京に戻ったあと、あの古い家に座敷わらしがひとりで残されるのかと思うと、たまらなくさびしい気もちになったけど、最後の最後でさびしい気もちのまま終わらずにすんで、ほんとうによかった。
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by csiumd | 2008-05-22 13:24 |

終わりの街の終わり

ケヴィン・ブロックマイヤーの『終わりの街の終わり』。

死者たちの暮らす「死者の街」の物語と、南極にたったひとりで取り残されたローラの物語が絡み合いながら交互に展開していく小説。なんとなく、『密やかな結晶』とか『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を彷彿させる。

舞台は、おそらく今よりもさらに悪い方向へ進んだ近未来。「生者の世界」では、「まばたき」と呼ばれる新種のウイルスが大流行して人類を滅ぼしてしまうのだが、運良く(というべきか悪くというべきか)南極にいたローラは、期せずして人類最後の生き残りになってしまう。

一方の「死者の街」は、実は生者の記憶にある人だけがとどまれる一時的な場所。自分のことを記憶している生者がいなくなれば、その死者は街から消えてしまう。なので、ローラだけが生き残っているいま、この街にいるのは、ローラの記憶にある人だけだ。しかし、南極にたったひとりで取り残されたローラが、そう長く生き延びられるはずもない。人類が滅亡したとは知らないローラは、どうにか外部と連絡をとろうとするのだが……というのがおおまかなストーリー。

人類が滅亡し、たったひとり(もしくは一握りの人々)が取り残されるというシチュエーションはけっこうあちこちで目にするが、この小説はかなり独特の雰囲気を漂わせている。静かな切迫感、とでもいうか。恐怖やパニックはほとんどなく、ただ穏やかな絶望感だけが、ひたひたと迫ってくる感じ。たぶん救いのない結末なんだろうな、とうすうす感じてはいたが、ほんとうに救いのない結末だった。が、不思議と読後感は悪くなかった。いや、むしろ好きかもしれない。なぜだろう。

それにしても、ローラの強さには感嘆した。南極にたったひとり残されて、暖をとるものにも食べものにも事欠くなかで、あそこまで生きようという意志を失わずにいられるのは、ほんとうに強いと思う。それがこの小説唯一の救いといえば救いだろうか。もっとも、世界中にたったひとりだけで残されて、それでもなお生きることが「救い」になるなら、の話だが。
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by csiumd | 2008-05-08 13:45 |