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道化の町

ジェイムズ・パウエルの短篇集『道化の町』。このジェイムズ・パウエルという人は、「当代随一のユーモア・ミステリーの名手」らしいが、まさに看板に偽りなし。ユーモアの部分もミステリーの部分も存分に堪能した。このところ、仕事の関係で、おそろしくできの悪い破綻だらけのミステリーを立て続けに読んだので、こういうおもしろい本を読むと、そのありがたみが身に沁みる。拝みたいくらいだ。

「傑作集」と銘打たれているだけあって、どの話もはずれなしでおもしろいが、冒頭の「最近のニュース」でいきなりやられた。10ページほどのごくごく短い話のなかで、ちょこちょこと笑わせて、「おや?」と思わせて、ラストで見事に引っくり返すお手並みは、あざやかとしか言いようがない。

いちばんのお気に入りは表題作「道化の町」。道化師ばかりが住む町クラウンタウンで起きた殺人事件をめぐる話。「道化師ばかりが住む町」という設定がもうすでにノックアウトものだが、内容も期待を裏切らないおもしろさ。

道化師ばかりが住んでいるわけだから、当然のことながら、殺人事件を捜査する警部も道化師で、バギー・パンツを穿き、先の尖った靴を履き、大きな丸い鼻をつけている。で、いざ仕事のときには、敬礼の際に勢いあまって警棒で自分の頭を小突く、突入の合図で一斉にずっこけて将棋倒しになる、などのボケをかまさなくてはならない。おまけに、携行する拳銃は、引き金を引くと「バーン!」と書かれた旗が飛び出すという代物。役に立たないことこのうえない。

こんなふざけた設定なのに、きっちりミステリーになっているところがすごい。というか、この話のトリックや展開は、この設定だからこそ通用するものだ。滑稽さと哀しさが絶妙にブレンドされた事件の顛末には、思わず「ああ、やられた」とうなってしまった。

さらりと読めるけど極上の短篇集。脱帽しました。
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by csiumd | 2008-03-25 16:07 |

乳と卵

芥川賞を受賞した川上未映子の『乳と卵』。なんだかすごい小説だった。

豊胸手術に夢中になっている母と、ひとことも言葉を発さず筆談で話をする娘を、母の妹(娘の叔母)の視点で描いた話。

うまく説明できないが、感覚的な言葉、というか、ほとんど言葉ではなく感覚そのものという感じの文章で、でもそのほとんど言葉ではない感じがするものを、まぎれもない言葉でつくりあげている、という離れ技みないなことをやってのけている。

たぶんこんな説明ではさっぱりわからないと思うので、少し引用してみる。

電車から見えるビルや、住居の屋根や側面は、巨大な面で光を受けて照り返し、何もかもが同じように白く発光していて、その白い部ですべてのものが溶け合って、なにか別の大きなひとつのものとなって動き出しそうな気がするほどにでっかく、その白い部を見てると、こちらでは汗だけが小さな生き物のように皮膚の上をじりじりと移動する。これの感触はかゆみに近しいな。なはんて思ってると実際なんだか痒くもなって、汗を拭うタオルやハンカチを持っていないことに気が付き……
……という具合にだらだらと文章が流れていくようなのに、読んでいくうちに母と娘の心情がたしかに伝わってくる。頭で理解するというよりも、気もちがこちらに移ってくるという感じ。初めて味わう感覚だった。

こういう文章でなければ、緑子が玉子を割る場面も、あんなふうに訴えかけてくることはなかったのではないかと思う。

この人のほかの作品もぜひ読んでみたい。
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by csiumd | 2008-03-08 12:50 |

ざしき童子のはなし

「ざしき童子のはなし」は、宮沢賢治の物語のなかでもかなり好きな部類に入る話だ。ざしき童子が出没する状況を説明するごくごく短い小咄が4つ並んでいるだけなのに、なんともいえない独特の雰囲気が漂っていて、ものすごくインパクトがある。それぞれの小咄をしめくくる「こんなのがざしきぼっこです」という決まり文句が大好きだ。

そんな佳作であるにもかかわらず、この「ざしき童子のはなし」はなぜかあまり絵本化されていないようで、少なくとも私はこの話の絵本をいちども見たことがなかった。なので、この『ざしき童子のはなし』(児玉房子・絵)を見かけたときには、思わず「あ」と声に出してしまい、まわりにいた人を不審がらせてしまった。

この絵本は「ガラス絵の宮沢賢治」というシリーズの8冊目らしい。ガラス絵がどういうものなのかはまったく知らないのだが、「絵の撮影者」というクレジットがあることから推測すると、ガラスに描いた絵を写真に撮って絵本に仕立てたのではないかと思う。たぶん。

いずれにしても、この絵の雰囲気はけっこう好きだ。ちょっとおかしくて、ちょっと怖くて、ちょっと悲しい「ざしき童子のはなし」によく合っていると思う。とくに、「箒の音がするのに、どの座敷をのぞいても日の光ばかりが降っていた」というくだりの絵が好き。まばゆい黄色の光と怯えた顔の子どものコントラストが絶妙だ。あと、ざしき童子が引っ越しする話の絵もいい。月夜の晩に小船に座っているざしき童子の絵は、かなり怖い。好きだけど。

私家版「宮沢賢治・絵本ライブラリ」にまた1冊、楽しい絵本が加わった。
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by csiumd | 2008-03-02 16:13 |