<   2008年 01月 ( 4 )   > この月の画像一覧

サラエボの花

久しぶりに映画でも観ようと思い立ち、『サラエボの花』を観にいった。とても重いテーマだけど、温かな気もちが残る良い映画だった。

ボスニア紛争後のサラエボで生きるシングルマザーのエスマと、その娘サラの物語。わずかな収入で苦労しながら娘のサラを育てているエスマだが、実は癒えることのない心の傷を抱え、そのトラウマに苦しんでいる。娘のサラもなんとなくそれを感じとり、過去のことや父親のことを教えてくれない母に反発するが、やがてエスマの忌まわしい過去が明らかになり……という話。

戦争の残虐な場面があるわけでもないし、戦争の体験が直接的に語られるのも最後のワンシーンだけだが、サラエボに暮らす人たちに残された傷がリアルに伝わってくる。少なからず衝撃を受けたのは、「父親が殉教者だ」とか「遺体確認に行ったことがある」とかいう会話が、ごく普通に交わされていること。身内や知り合いに犠牲者がいるのはあたりまえという状況は、平和ボケした私の頭では想像するのも難しい。

そういう戦争の残酷さが重くのしかかってくるが、いちばん強く伝わってくるのは、そんな状況のなかでも美しいものがあって、人はそれに喜びを見いだして生きていけるということ。すべてを洗い流すことはとうていできないけれど、それでもきちんと前を向いているエスマは、とても強い人だと思う。エスマが娘を産んだときのことを語る最後のシーンは、いま思い出しても泣きそうになる。

このところ、映画からずいぶん遠ざかってしまっていたけれど、こういうのを観ると「やっぱり映画っていいな」と思う。面倒くさいなんて無精なことを言ってないで、もっとたくさん観にいかないと。
[PR]
by csiumd | 2008-01-31 17:13 | 映画

タイトル

先日感想を書いた『夏の涯ての島』は、タイトルがたいへん美しいと思う。なんだか無性に想像力を刺激される。この本を買ったのも、タイトルに惹かれたところが大きい。

「夏の涯ての島」の原題は「The Summer Isles」。グリフとフランシスが一緒に行こうと言っていながら、ついに行くことのなかったサマー諸島のこと。この話の世界のなかで、ユダヤ人が強制移住させられた場所でもある。本文中ではもちろん普通に「サマー諸島」となっているのだが、もし書名も「サマー諸島」のままだったら、私はこの本を買っていなかったかもしれない。

その逆のケースだったのが、デイヴィッド・アーモンドの『肩胛骨は翼のなごり』。この本の原題は『Skellig』。これは主人公の家のガレージに住みついていた人(厳密に言うと人ではないかもしれないが)の名まえで、本文中ではそのまま「スケリグ」となっている。いきなり「スケリグ」と言われてもなんのことやらわからないので、そのまま書名とするのには無理があるのはわからないこともないが、『肩胛骨は翼のなごり』というのはどうなんだろうか。どうも陳腐な感じがしてしかたない。もちろん、あくまでも個人的な感覚だけど。

当時、デイヴィッド・アーモンドという作家が気になってはいたものの、このタイトルがネックになって、なんとなく手を出せないでいた。結局、数年後に読んだアーモンドの別の作品がものすごく良かったおかげで、この『肩胛骨は翼のなごり』も読むことになったのだが、実際に読んでみたら、陳腐とはほど遠い鮮烈な小説だった。タイトルに引っかかって長いあいだ読まずにいたのを激しく後悔したことを覚えている。

ちなみに、『肩胛骨は翼のなごり』を読むきっかけになったアーモンドの別の作品というのは、『火を喰う者たち』のこと。これは『夏の涯ての島』と同じく、タイトルに強烈に惹かれた。なぜ「夏の涯ての島」と「火を喰う者たち」がよくて「肩胛骨は翼のなごり」はダメなのか、そのへんのところは自分でもよくわからない。

こうして考えてみると、本のタイトルというのはじつに大切なものだと思う。
[PR]
by csiumd | 2008-01-25 13:55 |

夏の涯ての島

イアン・R・マクラウドの『夏の涯ての島』。解説を引用すると、「叙情的SFに定評のある著者の第2短篇集を中心に、雑誌に掲載された作品を加えた日本オリジナル短篇集」らしい。

SFはあまり読まないが、この手の叙情SFはけっこう好きだ。SFという科学と技術に重きを置くジャンルなのに、どこか懐古的でセンチメンタルというか、SFだからこそセンチメンタルさが際立つというか、ともかくその妙なバランスがたまらない。この本に収録されている「ドレイクの方程式に新しい光を」なんて、まさにその典型だと思う。

収録作品のなかで、とくに好きだったのが「チョップ・ガール」と表題作「夏の涯ての島」。

「チョップ・ガール」は、収録作品中、もっともSF色の薄い話。というか、ほとんどSFじゃないと思う。第2次大戦時のイギリス空軍基地を舞台にした話。かかわりあいになった男が次々と戦死し、「チョップ・ガール」と呼ばれて恐れられている悪運の女と、奇跡的な強運で数々の任務を生き抜き、幸運の化身として崇められているパイロットのラブストーリー。

「晴れ男 VS 雨女、勝つのはどっち?」みたいなおもしろさもあるが、この幸運のパイロットは、実はただ運がいいわけではなく、それ以上に大きな苦しみを抱えている。その苦しみが物語全体に大きな影を落としていて、ラブストーリーと言うにはあまりにもつらくて悲しい、でもほんの少しだけ温かさを感じられる話になっている。

表題作「夏の涯ての島」は、歴史改変モノの中篇。この話の世界では、イギリスは第1次大戦でドイツに敗れている。戦後、イギリスはファシズムへの道を進み、ユダヤ人や同性愛者はひどい迫害を受けている。語り手のグリフは、癌で余命いくばくもない隠れゲイの歴史学者。グリフはカリスマ的な人気を誇る指導者ジョン・アーサーの知り合いとして優遇されているが、実はジョン・アーサーは、戦死したはずのかつての恋人フランシスで……という話。

これは「チョップ・ガール」以上につらくて悲しい話だった。かつて見た夢と現実とのギャップに気づきながらも過去を捨てきれないグリフと、ジョン・アーサーとして生きることを選んだフランシス。歴史に流されていく無力感、流されてしまう人間の愚かさ、老いて死んでいくことの悲哀。そういうものがじわじわと、しかもところどころで強烈に迫ってきて、耐えがたいほど悲しい気もちになった。

でも、けっして悲しいだけではなく、かすかな希望のような……希望とはまた少しちがう気もするが、救いというか、赦しというか……どうもぴったりくる言葉が見つからないが、悲しみを超えたなにか(もしくは超えようとするなにか)を感じる。この感覚は、実際に読んでみないとわからないものかもしれない。

ここに挙げた2篇に限らず、全体的に悲哀の色が濃い、とても雰囲気のある短篇集だった。すごく気に入った。
[PR]
by csiumd | 2008-01-22 16:18 |

Half of a Yellow Sun

チママンダ・ンゴズィ・アディーチェの『Half of a Yellow Sun』。短篇集『アメリカにいる、きみ』がとても良かったので、ものすごく期待して読んだのだが、その期待を上回るすばらしさだった。

『Half of a Yellow Sun』は、短篇集に収録されている「半分のぼった黄色い太陽」と同名の長篇小説。短篇と同じくビアフラ戦争をテーマにしているが、登場人物やストーリーはまったくの別物。ビアフラ戦争とは、イボ族の虐殺に端を発したナイジェリアの内戦のこと。タイトルの「半分のぼった黄色い太陽」は、ビアフラ共和国の国旗の図案を指している。この小説を読むまで、私は「ビアフラ戦争」という名前さえ聞いたことがなかった。

テーマがテーマなだけに、民族間の対立や植民地支配、虐殺や戦争の凄惨な場面が必然的に絡んでくる。でも、声高に政治的な主張をしているわけではなく、あくまでも普通の人から見た戦争の現実や、戦争を経て変わっていく(あるいは変わらない)人の心の内面がていねいに描かれている。

イボ族の有力者の娘 Olanna と、その双子の姉妹 Kainene。Olanna の夫で、ビアフラ独立の理想を掲げるインテリ Odenigbo。Odenigbo の家で下働きをする貧農出身の Ugwu。Kainene の恋人で、イボ族の芸術に魅せられたイギリス人 Richard。この5人を中心に、わずか10年たらずのあいだに次々と起きる虐殺、戦争、飢餓、そして敗戦までが、それぞれの立場から、けっして感傷的にならずに、でも温かさを感じる筆致で、ときにユーモアをまじえながら語られていく。

それぞれの登場人物が美化されることも卑下されることもなく生き生きと描かれていて、とても魅力的。たとえば、Odenigbo。理想家でインテリの彼は、けっして悪い人ではないのだが、どこか少しずれている。高潔な理想を掲げるあまり、足元が見えていないというか。単なる嫁姑の諍いをアフリカ近代化の問題にすりかえて、「新しいものに対処できない古いタイプのアフリカ人が理想の実現を阻んでいる」とかなんとか、もっともらしい屁理屈をこねたり。「おいおい、そういう問題じゃないだろう」と思いつつも、「こういう人、いるよな~」とやけに納得してしまった。そんな理想家が戦争でがたがたに崩れていく姿は、リアルで痛ましかった。

強く心に残っているのは、戦争のせいで夫は別人になってしまったと嘆く Olanna に、Kainene が返した「私たちはみんな戦争に巻き込まれているけど、別人になるかどうかはその人しだい」という言葉。強く凛とした Kainene が、私はこの小説のなかでいちばん好きだった。

正月早々、ものすごく重い小説を読んでしまったが、でも読んでよかった。この作家のデビュー長篇『Purple Hibiscus』も読んでみたい。
[PR]
by csiumd | 2008-01-06 14:00 |