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本泥棒

マークース・ズーサックの『本泥棒』。よかった。とても。このところ本を読む時間がろくになくて、長篇なんて読むのは1か月以上ぶりだったから、小説に飢えていたというものあるけど、それを差し引いてもおもしろかった。帯にあった「スローターハウス5+アンネの日記」という形容は正直「どうかな?」という気がするけど、いずれにせよ、他の本に例える必要がないくらい良い小説だと思う。

ナチス政権下のドイツで暮らす少女リーゼルの物語を死神が語るという、変わった設定。里親と一緒に小さな町で暮らすリーゼルの家に、ある日、ユダヤ人のマックスが訪ねてくる。第一次大戦中、マックスの父親に命を救われた里親のハンスは、危険を冒して地下室にマックスを匿うことを決意する。リーゼルとマックスは心を通わせるが、状況は次第に厳しさを増していき――という話。

まず、登場人物たちが魅力的で、好きにならずにはいられない。はねっかえりだけど感受性の強いリーゼル。彼女を温かく見守る養父のハンス。口はどうしようもなく悪いが、根は愛情深い養母のローザ。リーゼルの親友で、悪ガキだけど真っ直ぐな心を持つルディ。迫害に怯えながらも、希望を見つけようとするマックス。

みんなに幸せになってほしいと思うけど、時代背景が時代背景だけに、そうはならないことは薄々わかるので、読みすすめるのはけっこうつらい。それでも、深刻な場面で不意打ちのようにユーモアが来て、うっかり噴きだしてしまったりするのが、この小説のもうひとつの魅力だ。もっとも、最後の1、2章は、どんなユーモアでも緩和できないほどのつらさだったけど。

この物語の肝になっているのは「言葉」だ。リーゼルはつねに「言葉」を求めていて、焚書の残り火のなかや町長の図書室から本を盗み出す。「言葉」は登場人物たちを結ぶ絆にもなっている。リーゼルと里親のハンスをつなぐのも、リーゼルとマックスをつなぐのも、リーゼルと町長夫人をつなぐのも、「言葉」や本だ。でもその一方で、ヒトラーが人心を掌握し、ユダヤ人を迫害するための道具に使っているのも、また「言葉」だ。

リーゼルは自分の人生を記した手記「本泥棒」を、こんなふうに締めくくっている。

  わたしは言葉を憎み、言葉を愛してきた。
  その言葉を正しく使えていればいいのだけれど。

このフレーズは重く響く。言葉や小説には大きな力があると私は信じているけれど、その力がいつのまにかまちがった方向に働いてしまうこともある。言葉が正しく使われることを、自分が言葉を正しく使えることを、切実に願いたくなる小説だった。
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by csiumd | 2007-09-17 15:10 |