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セルボーン博物誌

ギルバト・ホワイトの『セルボーン博物誌』。仕事の参考資料として買ったもので、ざっと斜め読みするつもりだったのだけども、これが思いのほかおもしろく、結局身を入れて読んでしまった。

この本は、イギリスの田舎セルボーンに暮らすホワイトが知人に宛てた書簡を集めたもの。時代は18世紀。セルボーンの自然や動植物の様子が、事細かに記録されている。並みの自然観察記と違うのは、その視点がとても鋭く、発想や表現がユーモアたっぷりなところ。

たとえば、亀の巣作りを「のろくさい」だのなんだの言いながら延々と観察し、「あんなにごつい甲羅を持ってるくせに、雨が一滴でも落ちてこようもんなら、一張羅を着た御婦人みたく隅っこへもぐりこんじゃう。そんなことしてるから、ちっとも巣が完成しないんでしょうが。でもこれって、けっこう正確な晴雨計になるんじゃないのかなー」みたいなことを考察(?)したり。

この人、こういうことを観察してあれこれ考えるのがほんっとに好きなんだろうな、という感じが言葉の端々に漂っていて、とても好ましい。

なかでもとくに興味深いのが、鳥の渡りをめぐる考察。当時はまだ、鳥の渡りは確定された事実ではなく、たとえば夏鳥が冬に姿を消すのは、人目につかないところで冬眠しているからだと考える人もけっこういたらしい。そりゃそうだ。当時は飛行機もないし、いまみたいにレーダーやら何やらで追跡できるわけじゃないんだから。

で、基本的には「鳥は渡りをする」派のホワイトは、遠方にいる知り合いたちの「その鳥、冬はこのへんにいるよ」とか「どこどこ海峡を渡っている大群を見ましたぜ」みたいな証言から仮説を組み立て、その正しさを証明しようと試みている。

そんなホワイトでも、一部の鳥は木のなかかどこかで冬眠するのではないかと思っている。というのも、夏鳥であるはずのツバメが、冬にふらっと現れることがときどきあるから。冬眠していた鳥が冬の暖かい日に春とまちがえてふらっと出てきたにちがいない、というのがホワイトの意見だ。

たぶんそのツバメは、群れからはぐれた迷い鳥だろう(と注釈に書いてある)。つまり、この点については、ホワイトの考察はまちがっているということになる。

まあたしかに、科学的にはまちがっているかもしれない。でも、そういうふうにあれこれ考えた末にたどりついたまちがった結論は、自明のこととして教えられる正しい事実よりも、ある意味では「正しい」ような気がする。

いずれにせよ、ああでもないこうでもないと考えを組み立て、ときに知人と主張を戦わせるホワイトは、とても楽しそうに見える。指先だけでほとんどなんでも調べられる今の世の中に染まってしまった身には、そういうのってかなりうらやましい。

わからないことが多いほど、世の中は楽しいのかもしれない。
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by csiumd | 2006-06-02 19:44 |