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我輩は猫である

久しぶりに『我輩は猫である』を読んだ。

明治の文豪とはあまり縁がないが、夏目漱石は数少ない例外のひとりだ。とくに、『我輩は猫である』(以下『猫』)と『坊ちゃん』は、ときどき無性に読みたくなる。

うちにある『猫』は、祖父の形見分けでもらった年代物の夏目漱石全集の1冊。出版社が相当力を入れたらしい、かなり立派な本だ。表紙は布張りだし、中のページも上質の紙が使われている。

立派なのはいいのだが、これがおそろしく重い。あおむけで読むとちょっとした筋トレになり、手でもすべらそうものなら、流血の惨事は免れないであろう代物だ。

わりとよく読む本だから、手軽に読める文庫を買ってもいいのだが、『猫』に限っては、この全集で読んだほうが断然おもしろい。なぜなら、旧仮名・旧字体が使われているから。

『猫』のおもしろさのひとつに、「猫がこんなこと言ってるよ」ってのがあると思うけど、旧仮名・旧字体になると、そのおかしさが倍増する。例えば……

……と引用しようと思ったら、旧字体の入力ができなかった。とにかく、猫のくせにこんな文字で語っていると思うと、ものすごく笑える。楽しい。

きっと昔は(いまで言う)旧仮名・旧字体表記が普通だったはずだから、こんな効果は漱石だって予想していなかったかもしれない。

本にはリアルタイムで読まないと消えてしまうおもしろさもあるけれど、年月が経ってはじめて生まれるおもしろさもある。この『猫』は、それを実感できる大切な本なのである。おじいちゃん、ありがとう。
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by csiumd | 2006-03-26 22:04 |

文盲

アゴタ・クリストフの自伝『文盲』を読んだ。

『悪童日記』を読んだときの衝撃はいまだに忘れられない。あまりのショックに眠れなかったことを覚えている。あの3部作があまりに衝撃的だったから、この人のほかの作品にはなんとなく怖くて手が出せないでいた。でも最近ようやく『昨日』を読んで、やっぱり読まずにはいられない作家だと思った。

3部作もそうだったけど、『昨日』も『文盲』も、ものすごく淡々としていて、感情をとことん抑えているのに、圧倒的に迫ってくるものがある。読んでいると苦しくなる。なんでこんなふうに書けるのか不思議でしょうがないが、『文盲』を読むと、その源泉みたいなものがなんとなく見える。

それから、この『文盲』と『昨日』を読むと、3部作の双子が何者なのかがよくわかる。といっても、誰が実在で誰が空想で、みたいな具体的な「何者」ではなく、もっと抽象的な「何者」。リュカとクラウスがどこから生まれて、何を抱えていたのかが、するすると結び目が解けるように理解できた気がする。読んでよかった。

自伝最後の「決意表明」にはぐっときた。あんなふうに言われたら、こっちも読み続けないわけにはいかない。次作を楽しみに待ちます。
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by csiumd | 2006-03-17 21:41 |

風と共に去りぬ

きのう、テレビのチャンネルを変えたら、たまたま『風と共に去りぬ』をやっていた。過去に何度も見てるし、そんなに好きというわけじゃないけど、なぜかついつい見てしまう。実は好きなのか?

映画の『風と共に去りぬ』は、どうもアシュレが気になる。スカーレットもレット・バトラーもメラニーもマミーも、原作と違和感ないどころか、映画のほうが印象に残ってたりするんだけど、アシュレだけがなぜかしっくりこない。

小説だと、スカーレットがアシュレに執着するのもなんとなくわかる気がするけど、映画だとそのへんの説得力がない。だってどう見てもレットのほうがいい男なんだもん。

小説を読んだのはなにしろ大昔だから、あまりはっきりしたことは言えないけど、私が小説から思い描いていたアシュレは、「夢想的で気弱な優男」ってイメージだった。でも映画のアシュレは夢想的どころか、なんだかヤリ手の計理士みたいで、事務とかもバリバリこなせそう。もうちょっと優男をキャスティングしてほしかった(アシュレ役の人、ごめんなさい。悪気はありません)。

きのうは途中から見はじめたので、カーテンで作ったドレスを着て獄中のレットから金をせしめにいくシーンを見逃してしまった。あのシーン、大好きなのに。残念。
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by csiumd | 2006-03-12 21:44 | 映画

雪屋のロッスさん

いしいしんじの『雪屋のロッスさん』。いろいろなことをするいろいろな人(や人間以外のモノ)を主人公にした掌編集。

大泥棒の前田さんとか、パズル制作者のエドワード・カフ氏とか、ポリバケツの青木青兵とか、目次を見ただけでワクワクしてくる。もったいないから一日一話ずつ読もうと思ったのに、ついつい次々読んでしまった。だって楽しいんだもん。

いしいしんじの本は、「小説」というより「お話」と言ったほうがしっくりくる。変わり者の親戚のおじさんがお正月にふらりと遊びに来て、「そういやこないだ、こんな人に会ったなあ」とか言って、ウソかホントかわからないことをぺらぺらしゃべっているような感じ。もっと聞かせてよー、とせがみたくなる。

全体的にやわらかい雰囲気なのに(だいたい、装丁からしてほわっとしてる)、いきなり醜いものを突きつけられたり、背筋が寒くなったりする。ものすごくつらい話もあるんだけど、でも、そういうギクっとすることも、ゾッとすることも、悲しいことも全部ひっくるめて、温かい世界が広がっている。幸せです、こんな本を読めるなんて。

私も島田さんの焚いたお湯につかりたい。るみ子さんの調律したピアノを弾きたい。スミッツ氏の売る棺桶はまだ買いたくないけど、たつ子さんのお店で果物を買いたい。白木さんみたいな神主になってみたい。栗にマッサージしてほしい。

ところで、なぞタクシーのヤリ・ヘンムレンが出したなぞなぞ「大きな闇で、中くらいの闇が、ちびの闇をのみこんだ。これ、なあんだ」って、答えなに? 気になるー。
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by csiumd | 2006-03-05 20:26 |