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ゼーバルト・コレクション

ゼーバルト・コレクションの刊行が始まった。

W・G・ゼーバルトとの出会いは、何年かまえに読んだ『アウステルリッツ』だった。相当な衝撃を受けた。本を読んでいると、自分のまわりの世界がいったん崩れて、ぜんぜん別の形に組みかえられる、みたいな感覚を味わうことがある。そういう本はけっして多くないけれど、『アウステルリッツ』はその数少ない1冊だった。

この人のほかの作品も読みたい! と思ったものの、日本語版が出ていなかった。英訳版はあったけど、ドイツ語で書かれた本を英語で読むのもなんだし、邦訳が出てくれないものか、とずっと思っていた。

今度のコレクションでは、ゼーバルトの全主要作品が刊行される。待っていた甲斐があったというものだ。刊行を決めた白水社に島のひとつでも買ってあげたいくらい嬉しい。

さっそく第1回配本の『移民たち 四つの長い物語』を読んだ。これがまた、すごかった。

『アウステルリッツ』と同じく、写真を使った回想文的な形。小説なのかドキュメンタリーなのか、事実なのか虚構なのか、まったく判然としない。語り手が頭に浮かんだことを、浮かんできたままに書いていったという印象。

そんなふうに、虚実入り混じったイメージが浮かんでは消え、浮かんでは消えていくんだけど、それがだんだん体のなかに蓄積されて、あるとき突然、何か得体のしれない感覚になって襲ってくる。そのうちに目眩を起こしたみたいになって、よくわからない世界にずんずん迷いこんでいってしまう。そんな感じ。

……あーだめだ。言葉ではうまく言い表せない。とにかく、ほかのどんな小説とも違う。こんなのが書けるのは、きっとこの人だけだと思う。

刊行予定によれば、2冊目は今年11月だけど、3冊目は来年末になるらしい。全部出るまでにはずいぶんかかりそう。まあ、気長に、でも首も長くして待つことにします。ほんとは待ちきれないけどさ。
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by csiumd | 2005-10-26 16:17 |

藪原検校

地人会公演『藪原検校』を観た。

今年は井上ひさしの芝居をいったい何本観たのだろう。……と記憶を辿ってみたところ、実に6本も観ていた。しかも、おもしろくないものは1本もなかった。

このところ、『もとの黙阿弥』『小林一茶』『藪原検校』と、わりと初期の作品を立て続けに観たけど、最近のものに比べると相当に毒が強い。『藪原検校』なんて、もうグロいと言ってもいいほど。

そのグロくて、テーマ的にも重い話を、軽快に、しかもこれでもかというほど客を笑わせながら進めるのだから、井上ひさしってやっぱりすごい。

『藪原検校』は、盲に生まれついた杉の市が、盲人の最高位「検校」にのぼりつめるまでの話。この杉の市ってのがろくでもない奴で、師匠は殺すわ、母親は殺すわ、恋人は殺すわで、まさに稀代の大悪人。3時間もある劇のなかで、いいことは何ひとつしない。

なのに、どうしても憎みきれないし、責められない。なんというか、杉の市を悪人としてばっさり切り捨ててしまうと、自分の醜い部分に蓋をすることになるような気がするのだ。

それはたぶん、本当の「悪」は杉の市ではなく、わたしたち観客を含めた社会構造のなかにあるからだと思う。「目明き」の盲人に対する差別、盲人のなかでの不条理な序列、庶民を抑えつける幕府。結局、杉の市はそういう歪みのなかに落ちこんでしまったのかもしれない(本人の性格が歪んでるのも確かなんだけど)。

劇中、金を信じる杉の市に対して、学問や品位を信じる保己市という盲人が出てくる。この人は悟りきっているふうなんだけど、ある意味では杉の市よりもよっぽど悪党だ。でも、この人のことも憎みきれないんだよな、やっぱり。

それにしても、ほんとおもしろかった、これ。堪能しました。
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by csiumd | 2005-10-14 00:03 | 芝居

THE PHOTOGRAPHY BOOK 追記

あと、おもしろかったのが Jules Seeberger の「Fairground, Paris」。3人の女の子がメリーゴーランドに乗ってる写真。1900年というから、けっこう古い。

よくある遊園地の写真……と思いきや、女の子たちが乗っているのは、よく見ると馬じゃなくて豚。

しかも、牙はむいてるわ、目はぎょろっととびだしてるわで、妙にリアル。女の子たちはまったく楽しそうじゃない。そりゃ、あんな気味悪い豚に乗ったんじゃ楽しくないよな。

彼女たちが豚ギライにならないことを祈る。
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by csiumd | 2005-10-04 17:34 |

THE PHOTOGRAPHY BOOK

仕事がらみで書評を読んで、思わず買った『THE PHOTOGRAPHY BOOK』。ほとんど衝動買いだったけど、これが大当たりの超お買い得品だった。

写真黎明期から現代までの名作500枚を集めた写真集。片手じゃ持ち上げられないほど厚くて重い。しかもオールカラー(もちろん、モノクロ写真はモノクロだけど)。それで2000円ちょっと。ちゃんと元とれてる? といらぬ心配をしたくなるほどの安さ。

内容も文句なし。19世紀前半の古い写真、さっぱりわけのわからない前衛的な写真、誰もが知ってる有名な写真。それが時代やテーマにはまったくおかまいなしに、ひたすら写真家のアルファベット順に並んでいる。この「流れなんて知るか!」という強引さがいい。ページをめくるたびに雰囲気がくるくる変わって、まるで万華鏡のよう。

写真にはとんと疎いので、技術とか手法はちっともわからないし、ロバート・キャパみたいな超有名人以外は写真家の名前もほとんど知らない。でも、じゅうぶん楽しめる。なんというか、近現代の世界がジグソーパズルみたいに浮かび上がってくる感じ。

まだぱらぱらと眺めただけだけど、酢昆布的にゆっくり味わえそう。これがあれば当分は退屈しないかも。

印象的だったのが、Michael Wells の「Hands」。ウガンダの子どもの手と、ボランティアの伝道師の手が写っている。ウガンダがひどい飢饉に襲われた1980年の写真で、子どもの手首は伝道師の指よりも細い。

この写真に行き当たったときは、しばらく動けなかった。以前、ある知り合いが「幼い子どもを飢えさせるような世界は絶対にまちがっている」と言っていたことを思い出した。ほんとにそのとおりだ。日本やアメリカをはじめとする先進国の無駄づかいのしわよせが、あの手にいっているのだろう。とすれば、わたしも加害者なのだ。この写真は20年以上前のものだけれど、今だって本質的な構造は変わっていないはず。むしろ悪くなっているかもしれない。

……とまあ、たったふたつの手でこれだけのことを考えさせられた。写真の力ってすごい。
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by csiumd | 2005-10-04 17:16 |