クリストファー・プリーストの『双生児』。手の込んだ話が読みたい、という期待に申し分なく応えてくれる小説。
歴史作家のスチュワート・グラットンが、J・L・ソウヤーという人物の手記を手に入れるところから物語ははじまる。このソウヤーという男は、第二次大戦中、英国空軍のパイロットであると同時に、良心的兵役拒否者でもあったという。はたしてそんなことが可能なのか?――というのが導入部。 その後、まずはJ・L・ソウヤーの手記という形式で当時の出来事が語られていく。この手記のなかで、J・L・ソウヤーが実は一卵性双生児だということが明らかになる。しかも、名まえはジャックとジョーで、どちらもイニシャルはJ・L。これだけでも混乱しないはずはないという道具立てだが、この小説の混乱はそんな生易しいものにはとどまらない。 ジャックの手記に続いて、J・L・ソウヤーと同じ爆撃機に乗っていた航法士の手記、もうひとりのJ・L・ソウヤーの日記、ジョーの妻ビルギットらの手紙、当時を物語る資料や文献などで、背景が次々と明かされていくのだが、いろいろなことが明らかになればなるほど、ふたりのJ・L・ソウヤーがいったい何者で、彼らのまわりで何が起きていたのか、わからなくなっていく。 おまけに、J・L・ソウヤーという個人の矛盾だけでなく、この小説の「歴史」と自分の知っている現実の「歴史」との矛盾までがだんだんと見えてきて、なにが現実でなにがそうでないのかがあやふやになっていく。まさに読めば読むほどわからなくなるという、おそろしく人が悪いがものすごく読みごたえのある小説だ。 舞台が第二次大戦で、歴史が妙な具合に歪んでいて、ところどころで文献という形式を使って背景を明かす――という構成は、あとがきにもあるように、奥泉光の『グランド・ミステリー』に似ている。『グランド・ミステリー』が強烈な印象を受けたお気に入りの作品だけに、よけいにそう感じるのかもしれない。ただ、『グランド・ミステリー』の歪みが身体感覚を惑わすたぐいのものだったのに対して(実際、読んでいるときに比喩ではなく眩暈がしたのを覚えている)、『双生児』の歪みはもっとトリッキーというか、知的な仕掛けのような印象を受けた。 『双生児』の世界に見られる歴史の歪みは、じつは物語のかなり最初のうちから、ちょくちょく顔を出している。でも、うっかりしていると、あまり深く考えずに流してしまうくらいのさりげなさ。実際、読みすすめているうちにハッと気づき、前の部分を確認して「これか!」と思うことがけっこうあった。このへんの伏線の張り具合が、とてもうまいと思う。 もっとも、第二次大戦のころの歴史に精通している人とか、そうでなくても注意深く読み込む人なら、もっとすぐに気づくのかもしれない。結末を踏まえたうえで読み返せば、さらにいろいろなことが見えてきそうだ。いずれ再読してみたい作品。
by csiumd
| 2007-06-14 20:46
| 本
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