アーサー・ブラッドフォードの『世界の涯まで犬たちと』。これはもう100%タイトルにつられて買ったのだけど、なんともおかしな短篇集だった。「なんなんだ、これは」と思いながら読んでいくうちに、すっかりはまってしまった気がする。
収録されている10篇超の短篇は、どれも「ぼく」という一人称で語られている。たぶん、それぞれの話の「ぼく」は別人だと思うけど、同一人物と言っても通るくらい同じにおいがしていて、感情が希薄というか、ものごとに執着しないというか、「まあいいか(どうでも)」というムードがありありと漂っている。なのにどういうわけか、投げやりとか冷たい感じにはならないのが不思議だ。 この短篇集には、はっきり言ってまともな人はひとりも出てこないし、起きていることもまったくもってまともじゃない。道で拾った巨大ナメクジを誰かに売りつけて大儲けしようと画策したり、カエルの卵を飲み込んで腹のなかで孵化させて吐き出したり、恋人の飼い犬と関係を持って妊娠させたり、挙句の果てには自分が犬になってしまったりする。 そんなヘンテコな人たちがヘンテコなことばかりしているのだが、仕方ないか的に受け流す「ぼく」のスタンスのせいで、こっちもだんだん「いや、もしかして、それほどヘンテコでもない?」という気になってきたりする。 この本のおかしさをよく表しているのが、「ドッグズ」という短篇。恋人の飼い犬と関係を持ち、その犬が妊娠していることが明らかになるのだが、自分が父親だという確信が持てなくて、犬相手に「正直に話してくれ。ほかに男がいるのか?」とか本気できいているのが、おかしいやらおかしくないやら、いやまあおかしいんだけど。ちなみに、この本に出てくる会話は、総じて非常におもしろい。すっとぼけたおかしさがあるというかなんというか。 個人的にいちばん好きなのは「ビル・マクウィル」。ビルみたいな友人はまちがってもほしくないが、なんとなく情が移ってしまう。正確に言えば、「ぼく」的な淡白で希薄な情が移るというか。ともかく、すごく微妙に感情を刺激する話で、読み終わったあと、なんとも言えない妙な気分になった。 ほかの作品があれば、ぜひとも読んでみたい作家だ。
by csiumd
| 2007-10-06 13:39
| 本
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