こまつ座公演『兄おとうと』を観た。「民主主義の父」吉野作造と、その弟でばりばりの官僚でもある信次という、思想的立場を異にする兄弟の物語――なんて書くと、すごく堅くて小難しそうな話に見えるのに、ところがどっこい楽しい。これだから井上芝居はやめられない。
井上ひさしという人は、人間を描くのがほんとうにうまいと思う。いままで吉野作造のことなんて、教科書に載ってるいかついおじさん、くらいにしか思ってなかったけど、距離感がぐんと縮まった。堅物っぽさのなかにお茶目さの混ざった辻萬長の演技もツボだった。 脇役が主役と同じくらい(もしかしたらそれ以上に)大切にされているところも好き。登場人物ひとりひとりに作者の愛情が注がれている感じで、みんな生き生きしている。貧乏のあまり盗みを働いてしまった少女とか、説教強盗とか、娼館の女主人とか、ついつい親身になって観てしまう。 それにしてもこの話、明治から昭和初期にかけての話なのに、いまの時代にあまりにも符合していて、ドキっとするところがいっぱいあった。吉野作造の死後、彼が危惧していたとおり、日本という国は「地獄に引きずり込まれて」いくわけだけど、いまから10年後、20年後はどうなっているのでしょうか。また「地獄に引きずり込まれて」なきゃいいけど。同じ過ちを繰り返すほどバカじゃないでしょ、と一笑に付せないムードがいまの世の中にはあるような気がする。 ほんとに、三度のごはんと火の用心は大事だよね。
by csiumd
| 2006-01-23 20:48
| 芝居
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